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愛媛プレ大会が開催されます!

NPO在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク

全国の集いin高知2012 愛媛プレ大会


「在宅療養最前線」〜在宅医療には、社会を変える力がある〜


 高知県で平成24年9月16日17日に行われる全国大会に先立ち、愛媛でのプレ大会を開催いたします。当日は、定員270名ですが、おかげさまで事前登録だけで満席になる予定です。住み慣れた自宅や生まれ育った地域で、安心して最後まで過ごせる環境の整備や社会の構築にどう向き合うのか、皆様と一緒に考えたいと思います。どうか宜しくお願いいたします。



 平成24年5月20日(日)開場10:00 開始10:30

 場所 松山市総合コミュニティセンター 

      3F会議室(200席)2F会議室(70席)

 

 大会プログラム

  記念講演1

   「大災害時に求められる地域医療のあり方」

     〜被災地での経験を活かす〜

     演者 気仙沼市立病院 外科科長 横山成邦先生

     座長 医療法人ゆうの森 理事長 永井康徳先生

  記念講演2 

   「高齢者が閉じこもらない敏環境整備をどう実現するか?」

     演者 世田谷記念病院 副院長 酒向正春先生

     座長 医療法人大和会理事長 福田善晴先生

        (全国の集いin高知2012 大会長)

  教育セミナー

   「ヘルパーの医療行為研修セミナー」

     〜たん吸引の知識と技術、実技をわかりやすく説明します〜

     演者 たんぽぽクリニック 院長 矢野博文先生

  ランチョンセミナー1 

   「在宅医療の基礎知識セミナー」

     〜医療介護同時改定を踏まえて〜

     演者 医療法人ゆうの森 理事長 永井康徳先生

     座長 ネクストホームクリニック 院長 壷井康一先生

  ランチョンセミナー2 

   「諦観の看取り」

     〜自宅での看取りを実現するには〜

     演者 たんぽぽクリニック副院長 亀井修先生

     座長 たんぽぽ道後クリニック 院長 森本尚史先生 


本大会のホームページはこちらです。


在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク 第18回全国の集いin高知2012 「おらんくで自分らしくさいごまで」


愛媛プレ大会の案内はこちらです。


医療法人ゆうの森


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| たんぽぽ先生のよもよもいうぞなもし | 05:56 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「安心の種をまきたい〜たんぽぽ俵津診療所〜」NHK四国羅針盤
 4月27日金曜日19:30からNHK四国羅針盤にて当院が特集されます。(四国地域限定です)タイトルは「安心の種をまきたい〜たんぽぽ俵津診療所〜」に決まりました。

 

 3月から1ヶ月以上にわたり、密着取材を受けており、3月には被災地気仙沼、大船渡への私の講演旅行にも同行取材されました。気仙沼の巡回療養支援隊のメンバーも出演予定です。被災地での在宅医療の復興は、全国の医師不足や地域医療の疲弊に喘ぐたくさんの医療過疎地域の地域医療復興の一つのモデルとなること、そして、私自身も過疎に悩む俵津地域で医療復興に取り組む自信を得たような気がします。


 4月に入り、地域密着を目指し、地域の恒例行事である野福峠さくら祭りへの参加や多くの住民に参加していただいたたんぽぽ俵津診療所の開所式、そして、松山での在宅専門クリニックのノウハウを活用して新たに僻地開業したたんぽぽ俵津診療所のスタートの様子が描かれています。




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| たんぽぽ先生のよもよもいうぞなもし | 04:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
地域を丸ごと診るのが地域医療の理想

 私は四年半、俵津診療所にいました。三年くらいたつと、地区を歩いている人を見て、本人だけでなく、そのおじいさんやおばあさん、子どもなどの家族、親戚まで思い浮かぶほどになりました。地域の子どもからお年寄りまで丸ごと看るのが地域医療の醍(だい)醐(ご)味(み)です。地域住民から信頼され、何の不満もありませんでしたが、片手間で行うのではなく、本物の在宅医療をするために、断腸の思いで俵津診療所を去ることを決心しました。


出発の一週間くらい前から、住民の人々や患者さんが診療所や自宅に次々とあいさつに訪れてくれました。感謝の気持ちを伝えられ、「行かないで!」と引き留めてくれる人もいました。


 引っ越し当日、荷物を積み終え、トラックが出発するころ、自宅と診療所の間の広い駐車場に住民の人々がぎっしり集まっていました。出発後も沿道にたくさんの人が出て、手を振ってくれました。野福峠を上がったとき、峠の沿道から見送ってくれた人もいました。みんなにお礼を言いながら、目は涙でいっぱいになりました。


「こんなに感謝してくれてありがとうございました。本当にありがとう、俵津の皆さん!」


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| たんぽぽ先生のよもよもいうぞなもし | 05:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
在宅専門クリニックを作ろうと思ったきっかけ

俵津診療所で在宅医療を始め、地域で亡くなる人のほぼ三分の一を自宅で看取るようになりました。でも今考えるとまだまだ未熟な在宅医療でした。患者さんやご家族の不安にあらかじめ応えることができていなかったのです。


 六十九歳の男性・浩さん(仮名)は肝がんの末期で、胸水や腹水などの水がたまって呼吸が困難になり、貧血も進行していました。一度、入院を勧めると浩さんはしぶしぶ入院しましたが、状態は良くなることなく、病院の主治医から「後一カ月持たないかもしれない」と言われて、自宅へ戻ってきました。浩さんは「もう絶対に入院はしない」と強く決意され、自宅での看取りを希望されました。自宅では息子さん夫婦やお孫さんと同居されていましたが、主な介護は奥さんがされていました。


浩さんの家は診療所の目の前でした。胸やおなかの水を抜いたり、輸血や点滴をするなど、自宅で病院と同じような治療ができ、しかも家族に囲まれてリラックスできる環境だったことが良い影響をもたらしたのでしょう。浩さんは比較的落ち着いた状態で約一年、自宅で療養されました。


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| たんぽぽ先生のよもよもいうぞなもし | 05:27 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
地域医療のストレス
 

赴任して3年が過ぎ、私も私の家族も俵津地区に溶け込み、地域での生活と地域医療の実践に手応えを感じていました。住民にも信頼され、よりよい地域を作ろうと張り切って、いろんなことを考えていました。しかし、人口千八百人の地域に医師は私一人。乳幼児健診から小中学校の校医、一般健診、外来、在宅医療、自宅での看取りまで、地域を丸ごと診るのは非常に楽しくやりがいがありましたが、自分では気付かない間にストレスも感じていたのです。


それは、明浜町でも市町村合併について議論が本格化され始めたころでした。明浜町の救急医療体制や市町村合併後の診療所体制など、今後の診療所や町の医療のあり方について、自治体にいろんな提言をしましたが、なかなか受け入れられませんでした。住民の要望と町の意向とのはざまでよりストレスがたまっていたのか、私はひどいアトピー性皮膚炎を発症しました。それまでアレルギーなどの持病もなく、アトピーになったこともなかったのに、顔面から両手足まで皮膚炎が出現しました。軟こうや内服薬なども使用しましたが治らず、一年近く悩まされました。

精神的にも少し落ち込んでいたとき、ある住民の人が声をかけてくれました。


「そんなくよくよしとらんと釣りでもしてみんかな!」


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| たんぽぽ先生のよもよもいうぞなもし | 05:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
人の生きがいとは? 〜人に必要とされること〜

人の生きがいとは何でしょうか。学生時代、障害児教育研究会で、重度の障害児の子どもたちと交流していたとき、介護に大変な労力がいるのに、お母さんたちは子どもたちと本当に一生懸命関わっていました。その様子を見て、お母さんにとって子どもさんは、ただ「いる」だけでかけがえのない存在だと感じました。


障害を持ったお年寄りの方も同じです。介護する人にとっては、その存在自体が必要であり、その必要とされることがお年寄りの方の生きがいなのだと思います。

 私は医師になろうと思ったとき、僻地医療をやりたいと思ったとき、人に必要とされたいと願いました。そして、より多くの人に必要とされることが、自分の仕事のやりがいにつながり、自分の生きがいも大きくなるのだと思いました。人に必要とされること、それは人の生きる原動力であり、生きがいです。



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| たんぽぽ先生のよもよもいうぞなもし | 05:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
もう終わらしてくんなはい!

 私は医学生時代にもう一つサークルに入っていました。「障害児教育研究会」という、障害児と定期的に遊ぶボランティアサークルです。


昔、障害がある子どもたちは、教育を受ける権利がありませんでした。正確には教育を受ける権利はありましたが、対応できる学校がなかったため、結果的に学校に行けなかったのです。障害児の就学保障と発達教育の実践の場として始まったのが「松山土曜保育会」でした。一九七九年に養護学校(現・特別支援学校)が義務教育化されましたが、学校以外にもいろんな刺激を与える学童保育のような目的で、私たち学生がボランティアとして、いろいろと企画を立て、保育を行っていました。学生時代六年間続けていたので、ボランティア活動は得意分野でもありました。


 さて、俵津診療所に赴任して、通院が困難なお年寄りがたくさんいることが分かり、看護師さんと一緒に在宅医療を始めました。それまでも在宅医療に携わったことはあったのですが、本格的な在宅医療は初めてでした。俵津診療所の看護師さんたちは、若い私が意欲を持ってやりたいと思ったことを快く受け入れてくれ、とても協力的でした。おかげで物事がスムーズに進んでいきました。


訪問診療は週二回、訪問看護も外来の合間に始めました。みんなが初めてで手探りでしたが、障害があって通院できない患者さんがいること、訪問すると本人はもちろんご家族からも喜んでいただけること、そして自分たちが必要とされ、感謝されることをモチベーションに頑張っていきました。


中には訪問すると「先生、年取って若いもんに迷惑かけるけん、もう終わらしてくんなはい!」と言われる患者さんが何人もいました。俵津地区の住民はとても勤勉で、若い時からよく働き、年を取ってもできる限り働き続けます。働けなくなったら終わりという意識が強かったように思います。今でも覚えているのは、両足の変形がひどかった九十七歳のおじいさんです。二本の杖(つえ)を持って、息子さんに支えられながら、診療所の外来に通院していました。おじいさんは毎朝、息子さんの車に乗ってミカン山へ行き、一日中ミカンの木の下刈りをし、雨の日も欠かさずカッパを着て仕事をされていました。その勤勉ぶりに頭が下がるほどでした。


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| たんぽぽ先生のよもよもいうぞなもし | 05:16 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
もうそろそろ見に来てやってくんなはい!
 

 俵津診療所に赴任して、一年くらいたったころのことです。地区で最高齢の百二歳になるおばあさんがいましたが、普段、診療所には通われていませんでした。ある日、同居していたご家族が診療所にやって来て、こう言われました。


「先生、今まで元気で病院にはかかったことがなかったんですが、もうそろそろ見に来てやってくんなはい!」


私は看護師さんと往診の準備をして、自宅を訪問しました。すると、おばあさんが布団に横たわっていました。診察すると、皮膚は乾燥し、シワだらけ。意識もぼーっとしていて、一目見て脱水だと分かりました。加齢とともに寝たきりとなり、一週間くらい前から食事が取れなくなっていました。「原因は分からないですが脱水状態です。病院に行くか、ご自宅におられるなら点滴をされますか?」とご家族にお話しすると、「いいえ、もう年なので病院に行ったり、点滴はかまいません。このまま家で看(み)取(と)りたいと思います。亡くなった状態で先生に来てもらって、警察沙汰になったらいけないので、一度診てもらおうと思ってお呼びしたのです」とのことでした。


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| たんぽぽ先生のよもよもいうぞなもし | 05:07 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
人を丸ごと診る

自治医科大学での研修後、高知県嶺北中央病院の勤務を経て、念願かなって愛媛県南予の明浜町の俵津診療所に赴任しました。桜の名所・野福峠を越えると、リアス式海岸が目の前に広がり、ミカン畑と真珠養殖の筏(いかだ)がある俵津地区を眺めながら、医学部一年生の時に見た津島町須賀の風景を思い浮かべました。


診療を開始すると、肩凝りや腰痛、膝の痛みなど、整形外科的な疾患の多いことにびっくりしました。痛み止めの薬を出したり、注射を打ったりしましたが、患者さんたちは一向に良くなりません。


その時、MSGで木村教授が言われた「病気は患者の生活背景にある」という言葉を思い出しました。俵津地区では、大半がミカン農家です。山の斜面で上を向き、両手を上げながら摘果や収穫の作業をするので、肩は凝るし、腰も痛めます。今でこそ、収穫したミカンの箱を運ぶモノレールがありますが、昔は、ミカンが入ったキャリーを担いで山を下りていたそうです。そのせいで、お年寄りの中には、膝の関節が擦り切れて曲がらなくなった人も多くいました。


このような住民の生活背景を知り、投薬や注射をするだけでは、住民の健康を解決できないことが分かりました。農作業中の適度な休憩や体操、仕事の後のマッサージを指導したり、労働時間を調整するなど、生活背景から生じる多くの問題点を解決する必要があるのです。

 


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| たんぽぽ先生のよもよもいうぞなもし | 05:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
副腎を探せ!


 愛媛大学から僻地医療を志し、自治医科大学地域医療学教室の門をたたきました。自治医科大学は、僻地などにおける医療の確保や地域住民の福祉の増進を図るために設立され、地域医療に従事する医師を養育する大学です。


当時の教授は故五十嵐正紘教授でした。五十嵐教授は東京大学小児科の助教授でしたが、北海道の厚岸(あっけし)町という僻地の病院に赴任し、僻地医療をされていました。その後、自治医科大学地域医療学の教授に就任。非常にアクティブでフランクな人柄でした。五十嵐教授は私たち医局員の多様性を認めてくれ、教室には多彩な人材が集まり、当時在籍していた学生たちは、現在、全国のさまざまな分野で活躍しています。


 五十嵐教授は教え子の進路にも関心を持たれ、いつも励ましてくれました。私が30歳で愛媛県南予の明浜町(現・西予市)の俵津診療所に赴任したときも、「どういうところで先生が仕事しているのか見たい」と言って、わざわざ見学に来られました。また、私が在宅専門クリニックを開業しようとしたときも、反対もせず「いいところに目を付けたね。在宅は絶対にニーズがあるし、在宅に特化する目の付け所がいいね。絶対成功するから頑張りなさい」とエールを送ってくれました。



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| たんぽぽ先生のよもよもいうぞなもし | 05:56 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
助成金
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